「AIって結局、ウチで使えるの?」の答えが出ない本当の理由
朝、事務所を開ける。机の上には、昨日も処理しきれなかった書類の山がある。
「AIとかやれば、もう少し楽になるんかね」
商工会議所のセミナー、同業者との飲み会、息子や娘の一言。あちこちで「AI」という単語を耳にする。便利らしい、安いらしい、やらないと遅れるらしい。
でも、いざ自分の会社に当てはめようとすると、手が止まる。
「で、うちの何に使えるんだ?」
この問いに、スパッと答えられる経営者をほとんど見たことがありません。
理由はシンプルです。AIに何をさせたいかが、言葉にできていないからです。
さらにその下には、もう一段深い問題が隠れています。
自分の会社で、誰が、どの仕事を、どんな順番で、どんな判断をしながら動かしているか——それが、経営者自身にもはっきり見えていない。
長くいる担当者の頭の中にだけある。ベテランが辞めたら止まる。新人を入れても同じ品質にならない。書類は山のままなのに、何を外に任せればいいかも分からない。
これは、AIの話ではありません。業務が見えない箱の中に入ってしまっている、という話です。
AIは、この箱の中身が見えたときに、初めて力を発揮します。逆に言えば、中身が見えないままAIを入れると、高い道具を買って何にも使わない、で終わります。
この記事では、その箱の開け方を、埼玉県にあるお寺での実例を交えてお話しします。
“それじゃない”と言うだけでは、次も同じ結果——AIも、人も
AIに仕事を頼んでみたことがある方なら、こんなやりとりに覚えがあるかもしれません。
「取引先への挨拶文、作って」
「作りました」
「これじゃないんだよなあ」
戻ってくるのは、当たり障りのない、ふわっとした文章。惜しいような、ズレているような。結局、自分で書き直すことになる。
実はこれ、AI相手だけの話ではありません。
社内で部下や担当者に仕事を任せているときも、似たことが起きています。
「この仕事、やっといて」
「やりました」
「そうじゃないんだよなあ」
頼んだ側は「ちゃんと言った」と思っている。やった側は「言われた通りにやった」と思っている。でも、仕上がりが求めていたものと違う。また指示し直すか、自分で直すことになる。
“これじゃない”も”そうじゃない”も、感想であって、指示にはなっていないんです。
何が足りなくて、何が欲しいのか——それが渡っていないから、相手は次に何を変えればいいか分からない。次も同じものが出てくるだけです。
AIを上手く使っている人と、そうでない人の差は、難しい指示が書けるかどうかではありません。今、何が見えていて、何に困っていて、どうなってほしいかを、相手が追えるように伝えられるかどうか。
これは、AI相手だからではなく、人に仕事を頼むときと全く同じ作法です。
だから、AIを使ってみることには、思わぬ効用があります。
自分の頼み方の、どこが粗かったかが見えてくる。「あ、これは相手に伝わらないはずだ」と、AI相手だと感情抜きで気づけることが、不思議と多いんです。
AIは便利な道具ですが、それ以上に、自分の頼み方を映す鏡でもあります。
聞き方を1つ変えるだけで、AIも担当者も、同じ絵を見てくれる
では、どう変えれば、AIも部下も、こちらと同じ絵を見てくれるのか。
答えはシンプルです。何が欲しくて、何が手元にあるのかを、一緒に渡す。それだけです。
2章の挨拶文の例で考えてみましょう。
▼ こう頼んでいた
「取引先への挨拶文、作って」
▼ こう変えてみる
「来週、長いご縁のある取引先の社長と会食がある。日頃の感謝と、今回こちらから伝えたい新しい取り組みの話を、丁寧すぎない距離感で織り込みたい。先方は年齢が上の方で、まじめな性格。二つ三つ、文面の案を提案してほしい」
前者だと、AIは「誰宛で、どんな関係で、何を伝えたいか」を何も知らないので、当たり障りのない一般論を返すしかありません。
後者だと、AIは「では感謝を軽く先に置く版と、本題から入る版を並べてみます」と、一緒に考える相棒に変わります。
面白いのは、こう丁寧に情報を渡していると、自分の頭の中も整理されていくことです。
「あれ、今回自分は”感謝”と”新商品の紹介”、どっちを重く置きたいんだっけ」
「先方との距離感、自分でもちゃんと言葉にしてこなかったな」
AIに頼んでいるつもりが、自分の意図や業務の意味を、自分で見直す時間にもなる。
そして、ここが本当に大事なところです。
この丁寧な渡し方は、AI相手だけでなく、社内の担当者相手にも、そのまま効きます。
「この仕事、やっといて」ではなく、「この仕事、こういう背景がある。仕上がりはこうなってほしい。分からないところがあれば途中で聞いてほしい」と変えるだけで、”そうじゃないんだよなあ”の出現率が、ぐっと下がります。
AIとの付き合いで身につく作法は、実はそのまま、組織運営の作法でもあるんです。
次の章では、この”相手と同じ絵を見るための作法”を、今度はこちらから担当者に対して使ってみたら、業務がどう変わったかをお話しします。
これは”AIとの対話術”ではなく、”業務を見える化する仕組み”の話
実際の現場の話をします。埼玉県の常楽寺というお寺で、通販で売れたお守りやお札の注文情報を、別の顧客管理システムへ一件ずつ手で写している担当者がいました。
「お寺で通販?」と驚かれるかもしれません。今は御朱印や祈祷のお申し込みを通販システムで受けているお寺があるんです。
1件あたり約3.7分。月に300件届くので、それだけで月18時間以上。他の仕事ができない状態になっていました。
私が最初にやったのは、自動化ではありません。
担当者に「何を、どこから、どこへ、どういう順番で写しているか」を、一つひとつ聞くことでした。
書き出していくと、本人も「あ、ここ自分のクセで判断してたんだ」と気づく場面がいくつもありました。頭の中にしかなかった手順が、目に見える形になった瞬間です。
そこまでやってから、AIに相談して、注文情報と顧客管理システムを繋ぐ仕組みを作りました。
結果、登録数は月500件近くまで増えました。手入力のままなら月30時間を超える計算ですが、担当者の稼働は月10分以下。確認するだけの仕事になりました。開発にかけた時間はおよそ20時間なので、1ヶ月で回収できる計算です。
ただ、この話の本当に大事なところは、削減できた30時間ではありません。
自動化を作る前に、この業務が、一度、言葉になったことです。
それまで担当者の頭の中にだけあった「何を、どこから、どこへ、どういう順番で、どこで判断しているか」が、話して聞いて、外の人間にも伝わる形に変わりました。
話す側(担当者)は、自分が普段やっていた仕事の中にあった小さな判断に気づいた。聞く側(私)は、その業務を第三者に説明できる状態になった。
自動化は、その後の一歩にすぎません。
“直すこと”と”言葉にしておくこと”を切り分ける
ここまで読んで、こう思った方もいるかもしれません。
「でも、AIに丸投げすれば直してくれるんじゃないの? そこまで丁寧にやる必要ある?」
その通りです。最近のAIはかなり優秀で、「これ、うまく動かない」と投げれば、そこそこ直してくれます。目の前の問題だけなら、それで片付くことも多い。
でも、そのときに注意したいのは、「直した」だけで終わらせると、その仕事が、社内の誰の言葉にもなっていないということです。
仕組みは動いている。でも、中で何が起きているかは、経営者も担当者も分からない。壊れたら、誰も手が出せない。改善したくても、どこから手をつければいいか分からない。
一方、「AIと一緒に理解しながら進めた仕組み」は、少なくとも誰か一人は、その仕事を言葉で説明できる状態です。全員が中身を理解する必要はありません。経営者一人でも、担当者一人でも、外部の伴走者一人でもいい。誰か一人でも、「この仕事はこういう手順で、ここが肝で、こういう判断をしている」と言葉にできる人がいれば、会社はその仕組みの主導権を失わずに済みます。
正直に書くと、お寺の例でも、この自動化の中身を一番理解しているのは、作った私です。担当者は現在、確認作業をするだけ。中の処理を説明できるわけではありません。
ただ、作る前の段階で、担当者に「何を、どこから、どこへ、どういう順番で写しているか」を一つひとつ聞いて、業務を一度、話して聞いて、言葉にした。このプロセスを通ったことそのものが、仕組みを誰かが作り直すときにも、担当者が替わるときにも、拠り所になります。
自動化はいつか壊れます。仕組みは古くなります。でも、“自分たちの業務を自分で言葉にできる”という力は、次の仕組みを作るときにも、人が入れ替わるときにも、必ず残ります。
AIに任せるのは「直すこと」。社内に残すのは「言葉にしておくこと」。この切り分けができているかどうかが、AI導入が資産として積み上がるか、使い捨てで終わるかの分かれ目です。
ITに強い人がいない会社ほど、この聞き方が効く理由
ここまで読んで、「でも、ウチにはITに詳しい人がいないから…」と思う方もいるかもしれません。
正直に書くと、私自身も、ITの専門家ではありません。人の話を聞いて、業務を整理することを、仕事の中心に置いています。仕組みやコードを作るのも、必要なときはやりますが、それはAIと相談しながら。一人で難しい設計図を書けるわけではありません。
それでも、お寺のような現場で結果が出ているのは、「AIを動かす仕事」よりも、「業務を聞いて、言葉にする仕事」のほうが、はるかに重いからです。
ITに強い人がいる会社は、動きが速い。新しい道具をすぐ試せる。でも、同時に落とし穴もあります。「聞く」という面倒くさい前段を飛ばして、道具の話から入ってしまうことがある。結果、入れたはいいけれど、現場が使わない。担当者が「また上が勝手に何か買ってきた」と感じる。
一方、ITに強い人がいない会社は、道具から入れません。入れようがない。だから、自然と「で、今、何が困ってるんだっけ?」から話し始めることになります。これ、実は強みなんです。
道具がないぶん、手で聞いて、手でメモして、手で整理するしかない。この「手でやる」プロセスが、担当者との会話を生み、業務を言葉にする力を育てる。AIを入れる頃には、社内に「自分たちの仕事を説明できる人」が少しずつ育っています。
IT人材を先に雇う必要はありません。むしろ、経営者自身がこの役を担えるのが理想です。担当者に「今、何に時間取られてる?」と聞けるのは、社内で一番、経営者なんです。外部の人間を頼むとしても、それは「聞く作業を早く終わらせるため」であって、「聞く作業そのものを丸投げするため」ではありません。
ITに強い人がいないから、AIが使えない——ではなく、ITに強い人がいないからこそ、業務の棚卸しという、本当に効く一歩から始められる。これが、小さな会社のAI導入の、一番静かで、一番強い入口です。
AI導入の成否は、最初の一言で決まる
最後に、明日から何をすればいいか、の話で締めます。
AIが便利そうだから、とりあえず入れてみよう——の前に、一つだけやってほしいことがあります。
一番忙しそうな担当者をつかまえて、こう聞いてみてください。
「今、何に一番時間を取られてる? 人手が足りないと感じるのは、どの仕事?」
それだけです。担当者は、普段自分が感じていることを話せばいい。聞く側は、それをメモしていけばいい。
次に、出てきた仕事について、もう一段だけ聞きます。
「それは、一回やるのに、だいたいどれくらいかかる? 月に何件くらいある?」
ここまで聞けば、「見えない箱」の中に、最初の光が一筋入ります。時間がどこに消えているのか、何が一番重いのか。会社の中で初めて、数字と言葉になって見えてくる。
AIを入れるかどうかは、ここから先の話です。
見えてきた仕事のうち、手順が決まっていて、判断があまり要らないもの——そういう仕事が、AIで楽にできる候補になります。逆に、毎回判断が要る仕事、人の顔を見て決める仕事は、AIに投げてもうまくいきません。
この選別は、担当者と話しているうちに、自然に見えてきます。
AI導入の成否は、派手な道具を選ぶところでは決まりません。「今、何に時間を取られているのか」を、一緒に目に見える形にする——その最初の一言で、もう半分は決まっています。
あとは、AIに頼めばいい。あるいは、頼まなくてもいい。見えてしまえば、どちらでも、会社は前に進みます。
